水無渓谷
2015/ 6/21(ワシ、ハッシー)


懐古的スキー遊び
越後駒ヶ岳へのもっともマイナーかつハードな登山口十二平からさらに奥、水無川沿いにつめデトノアイソメを経由し直接オカメノゾキの稜線へ到達する登山道は、資料によると昭和54年に開削されたという。高校時代に越後三山・只見集成図を見たときにデトノアイソメという特異な名前と、そこに夏スキー場という不思議なスポットがあることにひどく惹きつけられた。スキー部の連中はそこで練習しているよ、とか言うがこんな標高の低い場所でホントかね?リフトやロッジもあって水着姿の若者たちが滑降する合間にはビーチパラソルに寝転がってる桃源郷があるなどとはよもや思わなかっただろうが、気になって仕方なかった。当時は水無渓谷には自転車を漕いで数回訪れてみたが、勇気がなくて奥までは行けずにいたのだった。高校を出てからは何故かこの年になるまで一回も行ってみようとしなかった。ここはほぼベテラン沢ヤだけの世界であるという印象が強く、それに属さないものとしては自然と避けるようにしてたのだろう。情報を探ってみても最近ここを滑ったという報告を発見できないし、豪雨などでいつしか道も荒れ容易に状況がつかめずいたところ、なんと昨年越後三山岳友会が稜線への道を再開通させたという話を聞いた。仕事と休日の天候不順でなかなか山に行けない昨今、このままではスキーも終わらせられないという時にふと思いついた場所がここだった

林道は高石沢手前分岐で通行止。自己責任で森林公園駐車場まで入る。車一台あり。小雨も時折、10:10発

この辺の工事もおおむね終わったのだろうか。堰堤に何の意味があるのかわからないが、水無渓谷の登山道をもう少しだけ整備してほしいものだ

とはいえ十二平までは昔の車道。登り坂で、草はぼうぼうに生えているがしっかりしている。雪渓さえなければなんてことはない

堰堤が多い10:36

雪渓トンネルをくぐる。多くの報告が登山者のために掘った通路と書いているが、一体誰がそんな大変なことするのかねえ?しかし自然発生とも思えないし

先にまたひとつ雪渓あり。その下には隧道もあり通れるらしいが、真っ暗だし背が低い。板を担いで入り込む気しない
 

アイゼンで雪の上を通る10:47 すると先行者が帰ってきた。ここから先は雪続きなので引き返してきたと、ワシらのスタイルに呆れ顔して帰って行った

アイゼンのまま行く。すぐに雪渓

いったん沢に降りて雪渓だかなんだかわからないところをアイゼンで進む
 

また林道へ11:11

11:16十二平

そこから先は踏み跡程度。沢におりて堰堤をすっかり被っている雪渓へ
 

11:22堰堤を乗り越えると白色雪渓(←新語。ついそう言いたくなる)

枝があるだけで黒い土砂のない滑れる斜面がでてきた。どうやら堰堤がスキー場の入り口だったようだ

軽いピークになり乗り越えると下りになり雪が途絶える。右岸へと導かれ

藪漕ぎ。虎ロープあり。ルートはこの先こんなへつりが続く。板を担いでは厳しい。落ちたらタダでは済まないし

沢に降り立つ

しかし流れも速く冷たい。今日はそんな無理してまで行くつもりはない。残念だが撤退を決める11:45
 
 
もっと雪が多いとき、沢が完全に埋まってるときに来るべきだ。堰堤の雪渓に戻る。しばらく雨が降ってくる感じでもないのでしばしスキー遊びだ。笹穴沢にて
 
上流側雪渓は比較的フラットで滑れる。ただしマックスがんばってもターンは5回くらい
 
 
登り返す
 
また滑る
 
 
登り返しまた滑る。そう、きっと昔は普通のゲレンデでも長いリフトなんてなかったから、いつまでも滑り足りないスキーヤーはこのくらいの雪渓でこんな風に滑りまくっていたはずだ
 
というわけでワシらも昔に返って楽しもう
 
昔っぽくクリスチャニア
 
真知子巻き・・・ではない。やれやれ腹減ってきたな、支那ソバでも食べっかね(←そこはラーメンでよかろう)
 
馬鹿な大人たちは11回も滑りまくって、いよいよ腹が減ったので帰途へ。真っ黒になった板と靴を洗い流す13:30
 
14:22目的地は遠かったが、来年以後へさらにワクワク感が増えて良かった
ここは魚沼の秘境のひとつ。いろいろと滑りたい谷もあるのだが、リスクも相当ありそう。スキー場として今後どこまで開拓できるか